2018年01月

皆さん、こんにちは
少しずつ、春の到来を感じさせる穏やかな陽射しですね

さて、前回の 【誕生秘話  なかなかご好評をいただきました。
皆さまに関心を持っていただけること、
続きを楽しみにしていただけることは、とっても嬉しいです

ではでは、早速 前回の続きへ・・・。

◆◆◆ その2.声が出ない 体が動かない ◆◆◆

突如、小さな町の産院から市内の 「〇〇堂産院」 へと運ばれる途中、
救急車の中で、目も、口も、手足も、どこもかしこも 全く動かなくなってしまった
私の体は 『氷 よりも更に冷たい、
まるで、何か別世界の金属のような冷たさに感じられました。
この時 『私は今、生きる屍(しかばね)なんだ・・・』 と感じたことを今でも鮮明に覚えています。

オペ 後で聞いた話によると・・・。
 到着した時間が、ちょうど
 日勤と夜勤の交代時間で、看護師が大勢いたこと
 台湾からの研修医が滞在していたこと
 この2つの奇跡のお陰で、運良く
 緊急手術に必要な人手を確保できたのだそう。


しかしながら、ベッドの上で屍(しかばね)同然の私は、
声を出すことも、指一本動かすことさえ、とにかく身動き一つできませんでした・・・。

でも・・・。 不思議なことに聴覚だけはビンビン響くほどによく聞こえ、
慌てて立ち回る医療スタッフ達の、必死な様子が手に取るように分かりました

と同時に、悲しいかな、スタッフ同士でやりとりされる
『なんでウチの患者でもない人を助けなきゃならないのよ
という心無い会話まで、聞こえてくるではありませんか

オペ 












看護師さん達はきっと
「どうせ患者には聞こえないだろう と思ったのかも知れません・・・。

後で知ったことですが、私が救急搬送された前日、その前々日と
2日続けて救急搬送が相次ぎ、3日目に私の緊急手術でした
しかも全員が、外部から搬送された患者だったそうです。
さすがに、先生方も看護師さん達も、疲労困憊の状況だったのでしょう・・・。

そして私は、麻酔の効果で 「うつらうつら・・・」 と意識が薄れていきました。

次回は、人生で初めて見た不思議な光景
私の 『臨死体験 についてお話いたします。

〜 山口 勢子 〜

皆さん、こんにちは
『さらさらきれい茶』 は、お陰様で発売以来、今年で19年目を迎えます

そこで今回は、何度かに分けて 『さらさらきれい茶』 の開発に至った
山口(前代表)の 『臨死体験』 その、隠れた誕生ヒストリーをご紹介してまいります

◆◆◆ その1.瀕死の大量失血 ◆◆◆

お産 今から35年前の昭和56年4月、
 〇〇産院にて、私は赤ちゃん誕生と共に、
 約5000cc(=200ml 牛乳瓶 × 25本分)
 という大量失血で、瀕死の体験をいたしました。

 産まれてきたのは2人目の男児、
 色白できれいな肌をした
 丸顔のとても可愛い子でした

 疲れと安堵から、私は「うつら〜、うつら〜」としていました。
 
 すると、急に悪寒を感じて助産師さんを呼びましたが、赤ちゃんの世話に忙しく、
 だいぶ待ってから、やっと毛布1枚と温かい白湯を1杯いただくことができました。

救急 しかし、悪寒は強くなるばかり・・・。
 すると、突如 裾(すそ)の方から
 『ゴボゴボゴボ〜〜〜!!』
 という音が聞こえ、意識が少しずつ
 遠のいていくのを感じました。
 『先生を呼んで下さい!!』
 でも、あいにく先生はお留守でした。

【 直観的に 《 死 》 という言葉が、私の脳裏に浮かびました

救急 すぐさま、仕事中の主人を呼んでもらい
 30分ほどして、やっと先生が戻られました。

 『先生、私 死にそうです・・・。』
 そう、不安そうに訴えると、
 私の顏を覗きながら
  「大丈夫ですよ〜。」 と・・・
 
 そして、状況把握のため、先生が裾(すそ)に手を入れた途端、
 先生のニコニコ顏は、瞬時に消え  『救急車ーーーっ!!!!!』
 と大声で叫び、バタバタと廻りが急に慌ただしくなりました。

※ ちなみに、出血した5000mlの血液は、当時の体重(60kg)の1/12にも及びました。
  通常、私達人間は、全身の1/3以下の血液量まで減ると 【生命の危機
  更に、1/2以下にまで減ると 【死】 を意味するそうです。

〜 山口 勢子 〜

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